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フリーランス法の解説(3条通知の留意点)を掲載しました

2024年10月21日

フリーランス法の解説

 

取引条件明示(3条通知)における留意点

筑波大学ビジネスサイエンス系准教授・平山法律事務所代表弁護士 平山賢太郎

 

1 はじめに

発注者である「業務委託事業者」は、フリーランス受注者である「特定受託事業者」に業務委託をした場合には、直ちに、書面等によって取引条件を明示しなければならない(フリーランス法[1]3条1項)。当該明示は「3条通知」と呼ばれており、その詳細は同法施行規則に規定されている[2]

業務委託には、登記手続の依頼、翻訳等の依頼、ウェブサイト作成の依頼など様々なものがあると思われるところ、その多くは下請法の適用対象取引ではなく、したがって、下請法3条の規定に基づく「3条書面」[3]の作成・交付を要しないことが多かったと思われる。しかし、フリーランス法のもとにおいては、フリーランスに対する業務委託は下請法による規制の対象でないものであっても同法による規制の対象となるので、コンプライアンスの観点からあらたな対応が必要となる。

公取委は、取引条件明示義務の懈怠に対して指導・助言や勧告を行うことができ、勧告においては公取委が発注者の名称等を公表するので、発注者に深刻な風評リスクが生じるだろう[4]。また、厚生労働省からの受託事業である第二東京弁護士会「フリーランス・トラブル110番」には全国の受注者から年間1万件規模の相談が寄せられているので[5]、取引条件明示義務を遵守しない発注者にとっては、弁護士会が実施する和解あっせん手続への対応を求められることとなる可能性も無視できない。

そこで本稿では、フリーランス法に基づく取引条件明示(3条通知提供)義務について、明示すべき事項及び明示方法のポイントについて解説することとしたい。

 

2 取引条件明示義務

(1) 3条通知の趣旨

発注者(業務委託事業者)は、フリーランスである受注者(特定受託事業者)に業務委託をした場合には、直ちに、書面等によって取引条件を明示しなければならない(フリーランス法3条1項)。下請法における取引条件明示義務(「3条書面」交付義務)と類似した規律である。

実態調査[6]によれば、フリーランスに対する業務委託においては取引条件が口頭により示されることが少なくなく、フリーランスの約4割が、発注時に報酬や業務内容などが明示されないことがあったと報告している。3条通知には、取引条件の内容に関する認識の齟齬から生じ得るトラブルを未然防止するという役割が期待される。

フリーランス法の施行によって新たな義務が生じることに対して、発注手続が煩瑣になり負担が重いと感じる発注者もあるかもしれない。しかし、フリーランス法は当該義務を、いわゆる大企業だけではなくフリーランス個人にも一律に課している。当該義務は、当事者間の力関係や資本金の大小を考慮することなく、すべての発注者に遵守が求められている、取引公正化のための最低限のルールである。

 

(2) 3条通知の内容

a 明示事項

発注者は、業務委託をした場合には直ちに、3条通知において、以下の事項を明示しなければならない(【図表1】)。

 

【図表1】3条通知によって明示する事項

発注内容 ①発注者・受注者の名称
②業務委託をした日
③給付・役務の内容
納期等 ④給付・役務提供の期日
⑤給付・役務提供の場所
報酬支払等 ⑥報酬額及び支払期日[7]
⑦(検査をする場合は)検査完了日
⑧(現金以外の方法で支払う場合)支払方法
(任意的記載事項)
再委託に関する事項
(元委託者から受けた業務を再委託する場合[8]
①再委託である旨
②元委託者の名称
③元委託業務対価の支払期日

 

フリーランス法は、業務委託期間の長短によって発注者に異なる内容の義務を課しているので、「業務委託をした日」(【図表1】②)の意義が問題となる。この点について公取委は、「業務委託をした日」はあくまでも業務委託をすることについて合意した日をいい、この日を3条通知に明示する必要があり、受託者が業務に着手する日を発注者及び受注者が別途合意してもその日は「業務委託をした日」にはならないとしている(「Q&A」問36)。

実務上は、給付・役務の内容(【図表1】③)が業務委託をする時点では確定していないことも少なくないと思われる[9]。そこで、3条通知によって明示すべき事項のうち、内容を定められないことについて正当な理由があるものについては、内容が定められる予定日を明示することとされている。報酬額(【図表1】⑥)について諸費用の見通しが確定しない場合も同様であり、たとえば、3条通知に「報酬:100万円(税込) ただし、諸費用の取扱いは、発注者・受注者間で別途協議の上、定める。」と記載することは、正当な理由があり受注者に不利益を生じない限り許される(「Q&A」問38)。なお、当然のことではあるが、内容が定められた時には当該事項を直ちに受注者に明示しなければならない。

また、発注者は、ウェブサイトなど情報成果物の作成を委託する場合には、成果物に関する知的財産権の譲渡・許諾を受けたいと考えることが多いだろう。この場合には、給付の内容(【図表1】③)の一部として、権利の譲渡・許諾が行われる範囲を明確に記載する必要がある(「Q&A」問80)[10]

 

b 再委託の例外

発注事業者[11]が元委託者から委託を受けた業務をフリーランスに対し再委託する場合には、発注者は、3条通知に①再委託である旨、②元委託者の名称、③元委託業務対価の支払期日を明示することができ、これらの事項を明示した場合には、報酬支払期日を、元委託業務の対価支払期日に連動させて「元委託支払期日から起算して30日以内のできる限り短い期間内」の日に定めることができる(法4条3項)[12]

フリーランス法に当該例外が設けられたのは、再委託の場合において元委託事業者から対価支払を受ける前に受注者への報酬支払日が到来してしまうと発注者の資金繰りが悪化してしまうという懸念に配慮するとともに、当該懸念への配慮を設けなければ発注者はフリーランスへの発注を忌避してしまいかねないという懸念もふまえたものであると説明されている。なお、再委託の例外は下請法には設けられていない。

かかる立法趣旨の当否はさておき、発注者のなかには、営業秘密等の保護の観点から元委託者に関する事項を明示することを望まない者がいることも考えられるので、当該事項を明示するか否かは発注者の判断に委ねられている(当該事項を明示しない場合には再委託例外が適用されないが、取引条件明示義務に違反することとはならない)[13]

 

c 下請法3条書面との相違

3条通知において明示すべき事項は、下請法3条書面に記載すべき事項とおおむね同じであるが、発注者・受注者の名称(【図表1】①)について、フリーランス法は下請法と異なり、ハンドルネーム、ペンネーム等を記載することを許容している[14]

また、報酬支払方法(【図表1】⑧)について、フリーランス法はデジタル払(報酬を資金移動業者の口座へ支払う方法)を許容しているので、この方法を用いる場合には3条通知にその旨記載することができるが、下請法はデジタル払を許容していないので3条書面にその旨記載することはできない[15]

実務上は、フリーランス法3条通知及び下請法3条書面のひな型を作成する際には、各法について個別対応を行うことが煩瑣な社内手続を生じる可能性が高いことにかんがみ、下請法とフリーランス法の両法に適合した「3条通知兼3条書面」ひな型を準備することが考えられる。なお、フリーランス法及び下請法の両法が適用される発注を発注者が行う場合には、両法が定める記載事項を一括して示してよいとされている(「Q&A」問32)。

 

d 施行日前契約の取扱い

フリーランス法は、同法施行日後の業務委託を規制対象とし、遡及適用を行わないので、施行日前に行われた業務委託について3条通知を行う必要はない。しかし、業務委託は契約更新によって取引関係が継続していくこともあるところ、施行日後に契約が更新される場合には3条通知を行う必要がある。このことは業務委託契約が自動更新される場合においても同様であるから、発注者は、フリーランス法施行後はじめて到来する更新時期までに契約内容を確認することが必要である[16]

 

3 取引条件明示の方法

(1) 契約書か通知書か

フリーランス法は、業務委託について契約書を締結することを求めていない。しかし、発注者と受注者が業務委託契約書を締結してこれを3条通知として用いることは当然許されている。フリーランスガイドライン[17]が契約書ひな型及び使用例を示しており、参考となる。

 

(2) 書面か電磁的方法か

下請法は3条書面を書面により交付することを原則とし、電子メール、電子契約システムその他の電磁的方法を利用するためには下請事業者から明示的に同意を得るという煩瑣な手続を経ることが必要とされている。これと異なり、フリーランス法は3条通知の提供において、受注者の事前同意を得ることなく電磁的方法を用いることを認めている。

3条通知を電磁的方法によって提供する方法には、まず、電気通信により受信者を特定して送信する方法がある。電子メール、チャット、SMS(ショートメッセージ)が典型例であるが、受信者を特定して送信するのであればSNS、ウェブサイト、アプリケーション等のメッセージ機能を用いることも可能である(「Q&A」問40)。公取委は、メッセージが削除されてしまったり、環境が変わって閲覧が不可能になってしまったりする可能性にかんがみ、スクリーンショット機能等を用いて発注内容を保存することが望まれるとしている(「Q&A」問40)。このほか、明示事項を記録したファイルをUSBメモリ、CD-R等に記録して受託者に交付する方法を用いることも可能である。

電磁的方法による3条通知が簡便な方法であることは疑う余地がないが、他方で、①受注者から求められた場合に個別対応により書面を交付する必要があることや(法3条2項、公取委関係施行規則5条2項)、②フリーランス法と下請法の両法が適用される業務を委託する場合には、下請法の規律に従い、電磁的方法を用いることについて受注者から明示的に同意を得ておく必要があることに留意が必要である。

フリーランス法遵守対応に専念し、下請法適用対象取引該当性のチェックが疎かになってしまえば、あらゆる業務委託に漫然と電磁的交付を採用することによって下請法3条書面交付義務違反を生じてしまいかねない(上記②〔明示的な事前合意の取得〕の違反)。フリーランス法適用対象取引が大量に生じることが想定されない発注者においては、保守的な対応として、3条通知及び3条書面のいずれについても書面により交付することが穏当であるように感じられる。

 

(3) 通知のタイミング

3条通知は、「業務委託をした場合は、直ちに」上記事項をフリーランスに対し明示することを求めるものである。「業務委託をした場合」とは、発注事業者とフリーランスとの間で業務委託をすることについて合意した場合を指す[18]

なお、フリーランス法のうち厚生労働省が執行を所管する「募集情報の的確表示」(法12条)は業務委託に係る発注の前に行われる表示に関する規制であり、他方で、公取委が執行を所管する「取引条件の明示」(法3条)は発注後の明示に関する規制であり、両規制の間にはタイムラグがある[19]。この間に取引条件が発注者によって一方的に変更され受注者が不利益を被ってしまう可能性がある、と批判されている[20]

公正取引推進という健全なコンプライアンス体制構築・推進の観点からは、下請法運用において「直ちに」が一切の遅れを許さない趣旨であると考えられ即時性が強く要求されてきたことにかんがみ、業務委託の合意後直ちに3条通知を提供するための社内体制整備が必要であるほか、3条通知前における不利益変更を禁じる旨の社内周知を徹底することも望まれる。

 

5 公正取引推進における取引条件明示の重要性

発注者がフリーランスその他の委託先へ業務を発注する場合における公正取引コンプライアンス体制構築の出発点は、「発注内容を書面で合意し、書面で合意したとおり代金を支払うこと」である。あいまいな内容の口約束によってフリーランスを業務に着手させ、その後、契約書や発注書が存在しないことを奇貨として値切りを迫るというようなことは、フリーランス法があろうとなかろうと、あってはならない。

しかし、フリーランスに対する発注は下請法適用対象取引に該当しないものや小規模なものが少なくなかったように思われる。そして、このような案件の発注においては、発注者における事前の社内決裁手続が徹底されず、担当者が個人的な判断に基づいて口頭発注を行い納品完了後に慌てて発注書等を整えるということもあったかもしれない。

発注者各社の法務・コンプライアンス部門には、このような“柔軟”な業務委託がフリーランス法施行によって明確に否定されたことを社内に周知し、3条通知による取引条件明示が行われるよう徹底し、さらに、受注者とのパートナーシップ関係を大切にするという公正取引推進の基本方針を社内に浸透させていく、という着実な取組みが求められている。

 

[1] 特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(令和5年法律第25号)。

[2] 特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律施行規則(令和6年公正取引委員会規則第3号)(「公取委関係施行規則」)。フリーランス法の施行規則には厚生労働省所管部分に関するものが別途存在する(令和6年厚生労働省令第94号)。「厚生労働省関係施行規則」)。

これらのほか、実務において想定される様々な論点についての考え方が「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律 (フリーランス・事業者間取引適正化等法)Q&A」 (令和6年9月19日時点)(公取委ウェブサイト。以下「Q&A」)に示されている。

[3] 下請法3条に基づいて交付する書面は「3条書面」と呼ばれ、フリーランス法に基づいて行う明示は「3条通知」と呼ばれる。混同しないよう注意する必要がある。

[4] 公取委「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律第2章違反事件に係る公正取引委員会の対応について」(令和6年10月)。なお、公取委は、勧告に従わない事業者に対して当該勧告に係る措置をとるよう命令でき(法9条1項)、命令は公表される。

[5] 令和5年度の相談件数は8,986件であり、令和6年度は年間1万件を大きく超える見込みである。

[6] 内閣官房日本経済再生総合事務局「フリーランス実態調査結果」(令和2年5月)。

[7] 「●月●日まで」という記載は、具体的な日付が特定されていないので、支払期日を定めているとは認められないとされている(内閣官房・公正取引委員会・中小企業庁・厚生労働省「ここからはじめるフリーランス・事業者間取引適正化等法」11頁)。

[8] 「特定業務委託事業者」が「特定受託事業者」に再委託する場合に限る。

[9] たとえば、ソフトウェアの作成委託において、業務委託時には最終ユーザーが求める仕様が確定しておらず、特定受託事業者に対する正確な委託内容を決定することができない場合などが考えられる(「Q&A」問39)。

[10] なお、権利譲渡・許諾の対価を報酬額に加える必要があり、受託者と協議せず通常の対価より低い額を一方的に定めることは買いたたき(法5条1項4号)の問題を生じる。

[11] 「特定業務委託事業者」が「特定受託事業者」に再委託する場合に限る。前注8参照。

[12] 法4条3項、公取委関係施行規則6条。

[13] 内閣官房新しい資本主義実現本部事務局・公正取引委員会・中小企業庁・厚生労働省「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律の施行に伴い整備する関係政令等について」別紙2「『特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律施行令(案)』等に対する意見の概要及びそれに対する考え方」(令和6年5月)2-2-18。なお、フリーランス法のうち厚生労働省が執行を所管する「中途解除等の事前予告・理由開示義務」(法16条)については、立法過程において、「特定業務委託事業者の上流の発注事業者によるプロジェクトの突然のキャンセルにより、特定業務委託事業者から特定受託事業者への業務委託を解除する場合」には継続的な業務委託を事前予告なく中途解約してよいと考えられてきたという経緯があり(内閣官房新しい資本主義実現本部事務局「説明資料 特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律案」(令和5年1月)116頁参照)、この考え方に基づく規定が厚生労働省関係施行規則に設けられた(4条2号)。予告なく解除を可能とする事由を契約に定めておく必要はないとされているので(「Q&A」問108)、3条通知によって明示する必要もないと思われる。

[14] 公取委は、ペンネーム等の使用について、当事者間でトラブルにならない程度に双方を特定できるものであれば足りると説明している(「Q&A」問37)。発注者である金融機関としては、フリーランスに対する損害賠償請求訴訟の提起など責任追及が困難になる可能性があることもふまえて、ペンネーム等の使用を許容するか否か検討することになるだろう。

なお、受注者がインボイス制度のもとの適格請求書発行事業者である場合には、ペンネーム等及び主たる事務所所在地が当該制度に基づいて公表されている場合がある。

[15] このほか、有償支給原材料に係る記載は下請法3条書面記載事項とされているが、フリーランス法が想定する取引においては原材料の有償支給があまり想定されないことにかんがみ、3条通知によって明示すべき事項とはされなかった。

[16] フリーランス法施行日前に行われた業務委託に係る業務委託契約書に、3条通知により明示すべき事項が偶然にしてすべて記載されていた場合には、あらたに3条通知を行う必要はない。ただし、公取委は、トラブル防止の観点から、従前の契約書等の条項と明示事項との対応関係を明確にするよう発注者に求めている(「Q&A」問33)。

[17] 内閣官房・公正取引委員会・中小企業庁・厚生労働省「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」(令和6年10月改訂)。

[18] フリーランスとの間で基本契約を締結し、さらに個別契約を締結するような場合には、個別の業務委託の合意の時点である(公正取引委員会・厚生労働省「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律の考え方」(令和6年5月)第2部第1の1(1))。

[19] 契約から発注に至るまでの間に取引条件が変更される場合に、取引条件をその都度明示させることは発注者にとって負担となってしまうという考え方が、背景にあるようである(第211回国会衆議院内閣委員会第10号における宮本悦子政府参考人発言)。

[20] 笠置裕亮「『特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス新法)の解説と今後の課題について』(労働法律旬報2035号〔令和5年〕21頁)。

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