独占禁止法適用除外法についての論考を掲載します
2023年07月17日
平山賢太郎弁護士が執筆した独占禁止法適用除外法(独占禁止法の適用を除外する旨規定する特例法)についての論考(日本経済法学会年報に掲載予定)を以下に掲載いたします。
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地方バス・地域銀行特例法 一地方バス分野についての若干の検討一
I はじめに
「地域における一般乗合旅客自動車運送事業及び銀行業に係る基盤的なサービスの提供の維持を図るための私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の特例に関する法律」(令和2年法律第32号。以下「特例法」)が令和2年11月27日に施行され、その後、国土交通大臣は地域一般乗合旅客自動車運送事業について6件の共同経営計画を認可した。
特例法は、①二以上の地域一般乗合旅客自動車運送事業者等による株式取得、事業譲受、合併等(合併等。特例法3条)や②地域一般乗合旅客自動車運送事業者と他の地域一般乗合旅客自動車運送事業者又は公共交通事業者(鉄道事業者、軌道事業者、一般乗用旅客自動車運送事業者等)との間の共同経営に関する協定の締結(共同経営協定。特例法9条)のうち国土交通大臣から認可を受けたものには独占禁止法を適用しない旨規定している。
特例法は施行の日から10年以内に廃止するものとされており2)また対象分野を地方の乗合バス(地方バス)及び地域銀行に限定しているが、あらたに特例法を制定するなどの方法によって期限を実質的に延長することは妨げられないし3)、対象分野は“当面”これら2分野に限定されたにすぎないのだとすれば他分野について同様の適用除外立法が行われる可能性も否定できない。これらのことにかんがみれば、特例法と独占禁止法の発想の相違、公取委による関与のあり方等について検討しておくことにはそれなりの意義があるように思われる。
そこで本稿では、特例法の立法経緯、基本用語の意義、独占禁止法や競争政策との関係、公取委による関与のあり方等について、地方バス分野を対象として検討することとしたい5)。
II 特例法の立法経緯
政府は地方バスを含む公共交通に係る競争政策について未来投資会議において議論を行っていたところ、公取委委員長は第21回会合 (平成30年11月)において「市場が縮小しつつあり、複数の事業者が持続的に財・サービスを提供することができない、そういう市場においては、統合しなければ地域にとって必要なサービスの提供が維持できなくなるということになりますので、そのような統合を独占禁止法上、問題とすべきと考えては全くおりません」と述べて「路線維持のための必要不可欠な地方の乗り合いバスの統合については、独占禁止法上、問題になることはない」と説明し、事務総長も未来投資会議の地方施策協議会(平成30年12月)において、乗合バス事業者の業務提携について「複数の事業者が競争的にサービスを提供することが困難な場合、業務提携が独占禁止法上問題になることもございません」、「複数の事業者が競争的にサービスを提供することができる場合でありましても、運行時刻の調整や定期乗車券の共通使用、共通乗車券、こういったものは通常、独占禁止法上問題にはなりません」と説明した。
他方で、国土交通省公共交通政策部長は上記の地方施策協議会において、広島市におけるバス路線網の再編計画について、公取委地方事務所から運賃、運行回数、路線等の調整が不当な取引制限にあたる旨の指摘を受けて検討が中断したことがある旨報告した。また、地域公共交通活性化再生法に基づいて地域公共交通計画を策定するために自治体、交通事業者、利用者、学識経験者により開催される協議会について、複数の事業者が参加して運賃設定等を議論することは独禁法に抵触するおそれがあると公取委が指摘したことから、地方自治体が個々の事業者と個別に協議してその結果を持ち回るという非常に迂遠な手続が必要になり負担が生じている実態を紹介した8)。
その後に公表された成長戦略実行計画(令和元年6月)には、「共同経営等の独占禁止法の適用除外を図り、事業者や地域にとって明確な枠組みを整備する必要がある」(傍点筆者)として、運賃プールなど共同経営等を認めることにより低需要地区を含むバスネットワークを維持し、サービス維持を共同経営等の認可の条件とすることが必要である旨の考え方が明記された。ここでは、共同経営等の対象地域は「事業者間で便数の適正化等を図る区域のみならず、それにより運行が確保される山間部等の不採算路線を含んだネットワーク全体の区域」(傍点筆者)とすることが想定されていた)。
以上の経緯を経て、内閣総理大臣が未来投資会議の第32回会合(令和元年10月)において「乗合バスや地方銀行について、認可を受けて行う合併などには、独占禁止法を適用しない旨を規定し、認可条件として、事業の改善に応じた地域でのサービスの維持や利用者の利益の増進などを規定したい」旨の方針を表明し10)、その後、特例法が第201国会において成立した。
III 計画区域
1 計画区域とバスネットワーク
特例法11条1項1号は、地域一般乗合旅客自動車運送事業者らによる共同経営協定締結の認可基準として「計画区域内に、地域一般乗合旅客自動車運送事業者が提供する基盤的サービスに係る路線であって、収支が不均衡な状況にある路線が存すること」11)や、「計画区域内において当該基盤的サービスの提供の維持が図られること」12)を掲げており、これらのことからは「計画区域」が共同経営協定の範囲を画する重要な概念であることが窺われる。
低需要地区を含むバスネットワークを維持することを企図して特例法が制定されたのだとすれば、特例法に基づく国土交通大臣の認可はバスネットワーク全体を計画区域とする共同経営協定について行われることが自然だと思われる。前記のとおり、特例法の立法過程においては、共同経営協定によって便数の適正化等を図る区域のみならず、便数の適正化等を行うことにより運行が確保されることとなる山間部等の不採算路線をも含んだ“ネットワーク”全体を共同経営計画の対象区域とすることが念頭におかれていたようである13)。しかし、特例法は計画区域という用語の定義を明らかにしておらず、共同経営計画に「共同経営計画の区域」及び「当該計画区域内において共同経営の対象とする路線「等」を記載することを認可申請者に求めているにすぎない(特例法10条1項2号)。
2 認可された共同経営計画における計画区域
共同経営協定の認可先例についてみると、たとえば九州産交バスほか「熊本地域乗合バス事業共同経営計画〈2022年11月改訂版)」(令和4年7月。以下「熊本共同経営計画」)によれば、当初計画区域は「複数の申請者が重複して運行している区間を含む4方面のバス路線・・・・・・と、当該重複区間の最適化により生じた余剰を充当するバス路線を対象路線」とする「周辺(半径500m)」とされている。
熊本共同経営計画によれば、参加事業者は運行便数の見直しにより効率化を進めて収支改善を図り、車両等を一定程度捻出できる事業者はこれを熊本駅周辺開発による新規需要に対応する路線延伸や増便にあてることを予定している。同計画には、低需要地区を含むバスネットワークを維持するための取組みは記されていない 15)。
3 「一定の取引分野」と計画区域
独占禁止法上の「一定の取引分野」と特例法上の計画区域の範囲は、一致するとは限らないだろう。特例法1条は独占禁止法1条と同じく目的規定に「一般消費者の利益」を明記しているところ、検討対象とされる市場や区域の範囲の相違は、各法が念頭におく一般消費者の範囲にも相違をもたらす可能性がある16)。
このことについて、旅客運送をめぐる企業結合・業務提携案件においては、独占禁止法の観点からは発着地の組み合わせによって画定される各路線市場を検討対象とすることが基本的には想定されているように思われるが17)、特例法上の計画区域が熊本共同経営計画記載のとおり重複区間等を指すものとされ、低需要地区を含むバスネットワーク全体を面的にとらえるものではないのだとすれば、「一定の取引分野」と計画区域の地理的範囲設定の基本的発想に決定的な相違はないようにも感じられる。
ただし、共同経営計画は地域公共交通計画(地域公共交通の活性化及び再生に関する法律5条)と整合した内容のものであることが求められており、当該地方公共団体は共同経営計画に基づく取組みを盛り込んだ地域公共交通利便増進実施計画(同法27条の16)を作成して共同経営実施事業者と一体となって取組みを進めていくことが望まれているので 18)、これらのことを含めて検討すれば、特例法は計画区域の範囲に限定することなくバスネットワーク全体における一般消費者の利益を確保しようとしていると理解することもできる。
なお、独占禁止法の観点から旅客運送関連事業について検討する際には、たとえば航空会社の統合案件について検討する場合に新幹線との競合関係を考慮に容れるなど、需要者からみた代替性や隣接市場からの競争圧力の観点から検討を加えることが考えられる19)。地方バスについては、需要者である住民が路面電車(軌道法に基づく軌道事業)20)や自家用車21)を代替的な交通手段と認識している可能性があるようにも感じられるところ、特例法は合併等や共同経営協定による不当な運賃引上げ等のおそれがないことを認可基準としているので(特例法51項3号並びに11条1項4号及び5号)、その検討の過程においてこれらの交通手段からの競争圧力等を考慮することができるだろう。
IV 特例法と独占禁止法の関係
1 特例法は、「特定地域基盤企業の経営力の強化、生産性の向上等を通じて、将来にわたって当該サービスの提供の維持を図ることにより、地域経済の活性化及び地域住民の生活の向上を図り、もって一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の健全な発展に資すること」を同法の目的として掲げている(特例法1条)。
特例法及び独占禁止法は目的規定に「一般消費者の利益」を掲げている点において共通するが、立法担当者は、独占禁止法が競争の維持等を通じて同法の究極的な目的である一般消費者の利益を確保するものであるのに対し、特例法は将来にわたって特定地域基盤企業によるサービス提供の維持を図ることにより一般消費者の利益を確保すること等を目的としている旨説明している22)。
2 不当な運賃引上げ等
特例法の解釈・運用において独占禁止法の観点からの検討を活用する手がかりとなる規定として特例法5条1項3号並びに11条1項4号及び5号があり、前者は合併等が基盤的サービスの価格の不当な上昇その他の不当な不利益を生ずるおそれがあると認められないことを、後者は共同経営協定が利用者に不当な不利益を生じるおそれがあると認められないことや基盤的サービスの提供維持を図るために必要な限度を超えない範囲内のものであることを、それぞれ認可基準としている。これらの認可基準を満たさないこととなった合併等や共同経営協定は、認可基準に適合させるため必要な措置をとるべきことを内容とする命令(適合命令)の対象となる(特例法8条1項、15条1項。後記V2参照)。
特例法11条1項5号の「必要な限度を超えない」の解釈について、逐条解説は「具体的には、計画区域内に赤字路線は存するものの、その赤字に比して共同経営の対象となる路線の収益性が過大に大きく、共同経営の内容が基盤的サービスの提供の維持の目的を逸脱していると認められるような場合などを想定している」と説明しており23)特例法11条1項4号の「不当な不利益」についても国土交通省は運賃上昇を具体例として掲げている24)。共同経営対象路線について共同経営当事者が過大な収益性を実現できる運賃を設定した場合には、当該事実、独占禁止法の観点からは共同経営当事者が思いのまま運賃を引き上げることができる市場支配力を共同経営協定によって獲得し行使していることの現れであると評価されて、競争の実質的制限認定の根拠となることがあり得るように思われる25)。
また、特例法11条1項4号の「不当な不利益」の解釈について、逐条解説は運行回数の著しい減少を典型例として掲げ、国土交通省も前記の運賃上昇のほか「不当な運行回数の減少や運行系統の制限のほか、車両の更新が行われにくくなるなど」のサービス水準低下を例示しているほか26)国土交通省は特例法5条1項3号の「不当な不利益」についても「著しい路線の減少や運行回数の減少等が考えられる」と説明している27)。独占禁止法の観点からも、共同経営協定事業者が価格以外の競争手段である運行回数等を思いのまま左右できることとなる場合には当該事実を根拠として競争の実質的制限を認定する余地があると思われる28)。
3 以上のとおり、特例法と独占禁止法の関係については、目的規定の解釈を抽象的に論じる際には一般消費者の利益を実現する経路の相違が強調されることがあるものの、一般消費者に生じる不利益について特例法の観点から具体的に評価する際には独占禁止法の観点からの検討を参考とし得ると考えられる。
このことは、下記のとおり、公取委が競争政策の観点から特例法の運用へ積極的に関与するための手掛かりとなるものであるといえる。
V 公取委による関与
1 認可に先立つ協議及び確認
国土交通大臣は、合併等や共同経営協定締結を認可しようとするときには公取委に協議しなければならず(特例法5条2項・11条2項)、当該協議に際して、当該合併等や協定が不公正な取引方法を用いるものでないこと等について公取委の確認を受けなければならない(特例法5条3項・11条3項)。
協議について、逐条解説は「認可は基盤的サービスの維持や利用者利益の増進等の観点から国土交通大臣が行うものであるが、公正取引委員会の権限(私的独占禁止法の適用)を制限するものであることから、公正取引委員会への協議を行うこととしている」と説明し29)、立法担当者は、サービス維持に知見を有する主務大臣と競争制限による利用者への影響に知見を有する公取委がそれぞれの専門性から意見を述べて連携していく仕組みである旨説明しているが30)これらの説明からは、権限を制限される公取委が具体的にどのような対応を取り得るのか明らかではない。また、確認について逐条解説は、国土交通大臣が判断する権限・能力を有しない事由を公取委が競争政策上の観点から独自に判断する手続である旨説明しており31)、具体的な判断対象事由として「共同経営に参加する事業者間において特定の事業者を不当に差別的に取り扱う場合等」が例示されている32)。
協議及び確認は、特例法に基づく認可申請手続に公取委が競争政策の観点から積極的に関与しようとするのであればその貴重な機会であり、公取委は独立した競争政策の専門機関の立場から積極的に意見表明等や公表をすべきであると指摘されている33)。しかし、実際のところ公取委は、国土交通大臣による過去の共同経営協定認可(6件)の際に協議について異議がない旨及び確認を行った旨の結論のみを記した簡潔な書面を国土交通大臣に提出しているにすぎず34)公取委が積極的に意見を表明した形跡を当該書面の記載内容から見出すことはできない。
2 適合命令の請求
公取委は、認可を受けて行われた合併等や認可を受けた協定の内容が認可基準に適合するものでなくなったと認めるときは、基盤的サービスに係る価格の変更その他の必要な措置をとるべき旨の命令(適合命令)をすべきことを国土交通大臣に請求できる(特例法8条3項、15条3項)。たとえば不当な運賃引上げが行われていると認めらる場合に、公取委が競争政策の観点から懸念を表明して適合命令の発出を請求することが考えられる。請求を受けた国土交通大臣は、特例法の観点から問題があると認められる場合には適合命令を行うことができる。
公取委は、適合命令の発令を請求した場合にはその旨公表しなければならず(特例法8条4項、15条4項)、公表を行うか否かについて裁量を与えられていない。適合命令発出請求の公表義務は、具体的な意見が社会一般に対して公表されることを通じて専門機関としての公取委の正当性(存立基盤)を高めることにつながるものであるから積極的に評価すべきであると考えられるが35)、実務上は、公表に伴って公取委に生じ得る種々の負担が請求を躊躇させてしまう可能性もあるように感じられる。
VI 事業法と独占禁止法
1 地方バス事業者による合併等や共同経営協定への公取委の関与のあり方については、事業法と独占禁止法の関係のあり方という観点から検討することも考えられる。このことについて近時の論文をみると、事業法による規制が実効的に行われている限り公取委が独占禁止法の適用を自制することがあってもよいとしつつ、公取委と規制当局との間で役割分担に関する暗黙の合意が成立して事実上の適用除外領域が生じてしまっている可能性があることに懸念を示す見解がある一方で36)、規制法上“競争余地”が残されているときにおよそすべて独禁法の適用を認めることは規制法による規制の意義を重視しておらず不適当である旨の指摘もみられる37)。
2 地方バス分野における特例法施行前の公取委による活動については、公取委やその地方事務所が競争政策の観点から個別案件の検討や事業法の運用に積極的に関与した事実が、前記のとおり、未来投資会議等において報告された。しかし、未来投資会議等の議事録や議事要旨をみると、これらの報告は、独占禁止法の適用を特例法によって除外しようとする動機を政府関係者に与えたようにも感じられる。
前記の事実についてみると、まず、広島市における公共交通計画について公取委地方事務所が運賃、運行回数、路線等の調整が不当な取引制限にあたる旨指摘したとされることについては、運行ダイヤ調整、共通乗車券の販売等が通常独占禁止法上問題にならない旨の公取委事務総長発言との整合性に疑問があるうえ、広島市の公共交通に特有の事情が存在したのであれば公取委が考え方をより具体的に関係者に説明するとともにこれを公表することによって手続の透明性を向上する余地があったのかもしれない。また、地域公共交通の活性化及び再生に関する法律に基づく協議会において複数事業者が運賃設定等を議論することを公取委が独禁法抵触のおそれありと指摘したとされることについては、一般に競争事業者間の業務提携へ向けた協議において価格情報その他のいわゆるセンシティブ情報を共有する際にクリーンチームを組織するなどして独占禁止法違反リスクを低減することが様々な業界において一般化しつつあるとみられるところ、地方自治体をハブとするハブ・アンド・スポークのようにもみえるスキームを採用することが唯一の、あるいは最善の方法であったとまではいいがたいように思われる。
これらのことからは、地方バス分野が事実上の独占禁止法適用除外領域になってしまうことを抑止することにつながる積極的な取組みを公取委(や地方事務所)が重ねてきたことが窺われる一方で、その内容が独占禁止法解釈や競争政策に関する当時及びその後の公取委の考え方と整合するものであったのか、また意見の公表など透明性確保を通じた予測可能性向上の取組みが十分であったのか38)については疑問が残る。
公取委による検討の過程や内容が透明性を欠く場合には、公取委が事業法規制の意義を正解しないままに、あるいは独占禁止法を恣意的ないし差別的に適用して、意見を表明するのではないかという疑念を招いてしまいかねず、さらには地方バス分野における特例法の実質恒久化やグリーン社会実現の取組みなど他分野への独占禁止法適用除外の拡大へとつながっていくことも懸念される。
3 地方バス分野において、たとえば地方自治体から多額の補助金を受けることによってバスネットワークが辛うじて維持されている地域では39)複数事業者による旅客運送サービスの提供継続が(補助金の支給が継続しない限り)中心市街地においても困難な状況に陥っている可能性がある。かかる状況が仮に存在する場合には、合併等や共同経営協定が行われてもこれらの取組みによって競争が実質的に制限されることにはならず、したがってこれらの取組みは独占禁止法に違反しないと評価する余地がある40)。また、一部の路線において競争者ないし隣接市場からの競争圧力が路面電車等から働いている場合には、このことが競争の実質的制限を否定する根拠の一つとなることもあり得るだろう。独占禁止法の観点からこれらの評価を行うことができる取組みは、特例法に基づく認可を受ける必要が乏しいと考えられる。
さらに、合併等や共同経営協定によって近い将来に競争が実質的に制限されることとなるとみられる場合であっても、かかる取組みがたとえば20年後など将来の当該計画区域ないしバスネットワーク全体の一般消費者に対するサービス提供維持のために行われる場合には、近い将来に生じる競争制限効果とその後に生じることが見込まれる正当化理由を衡量することによって、独占禁止法に違反しない取組みであると評価する余地があり得るように感じられる41)。
公取委としては、国土交通大臣から協議を受けた合併等や共同経営協定が独占禁止法に違反しないと思料する場合には、協議に対する回答書面に独占禁止法の観点からの検討内容を具体的に明記するとともに考え方を可能な限り公表し、独占禁止法の観点からどのような取組みが許容されるかに関する予測可能性を向上し、もって、特例法を実質的に恒久化すべきか否かに関する検討が将来行われるとき(特例法廃止法案の審議が国会において行われるとき)に参照できる資料を蓄積していくことが考えられる。かかる取組みは、独占禁止法の適用を除外することが真に必要な領域を将来設定する際に具体的事例に基づく議論が行われることを可能にするために、重要なことであるように思われる。
(脚注)
1) 特例法3条1項及び9条2項。この点において、特例法は独占禁止法の適用除外を定める法律である。主務大臣の認可を受けることにより特例的に独占禁止法の適用を除外することを内容とする事業法の規定は、道路運送法第18条、保険業法第101条等にもみられる。
2)特例法附則2項。
3)特例法は廃止法によって廃止されることが想定されているが、国土交通省は、廃止法案が提出された時点で基盤的サービスの維持の状況なども踏まえながらあらためて審議を行うことを求めている(第201回国会参議院国土交通委員会第15号〔令和2年5月26日]における国土交通省大臣官房公共交通・物流政策審議官答弁)。
4)内閣官房日本経済再生総合事務局「地銀・乗合バス等の経営統合共同経営についての規制の論点」第26回未来投資会議資料〔平成31年4月))3頁には「本施策の対象範囲については、地域における基盤的サービスの提供を担っており、経営統合や共同経営による経営力強化の効果が大きいことが見込まれ、かつ主務官庁が経営統合や共同経営を実施した後の行動を監視監督できる分野に限定することが必要であり、当面、上記2分野(筆者注:地方バス及び地域銀行)に限定すべきではないか」(傍点筆者)と記されている。
5) 地域銀行の合併等について参照、平山賢太郎ほか「〈座談会>地域銀行の経営統合特例法を中心とする法制度の運用と活用の展望」金法69巻13号(令和3年)6頁以下。
6) 第21回未来投資会議議事録3頁。
7) 未来投資会議地方施策協議会(第1回)議事要旨4頁。なお参照、公取委事務総局 「地方基盤企業の統合等について」(平成20年12月)(協議会資料3-1)。
8) 未来投資会議地方施策協議会・前揭注7)6~7頁。これに対して公取委事務総長は、広島市におけるバス路線網の再編計画について「具体的な計画の相談があったわけではなく、一般的に路線の調整などについて相談があったので、まさに一般的にお答えしたということだ」と説明した。同上13頁。
9) 成長戦略実行計画(令和元年6月閣議決定)42~43頁。
10) 第32回未来投資会議議事要旨10頁。
11) 行政文書開示請求によって開示を受けた内閣官房日本経済再生総合事務局「地域における一般乗合旅客自動車運送事業及び銀行業に係る基盤的なサービスの提供の維持を図るための私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の特例に関する法律案逐条解説」(令和2年2月。以下「逐条解説」)によれば、「収支が不均衡な状況にある路線」とは乗合バス事業の収支が赤字である。路線をいい、特例法11条1項1号は基盤的サービスの提供維持が困難であることまでを認可基準として求めるものではない(逐条解説11条部分)。
12)「基盤的サービスの提供の維持が図られる」という認可基準は、逐条解説によれば「具体的には、定額制乗り放題運賃、ハブ・アンド・スポーク型のネットワーク再編、等間隔運行等により事業経営が効率化され、収益増や車両数、運転者数の余剰の創出等が見込まれることから、これをもって新規路線の開設や運行回数の増加等の基盤的サービスの維持が図られるかを確認するもの」である(逐条解説11条部分)。
13) 内閣官房日本経済再生総合事務局前揭注4)1頁。
14) 熊本共同経営計画2頁。その後、1路線が令和4年に共同経営協定の対象路線に追加された。
15) 一般に、低需要地区を含むネットワークのサービス維持については地域公共交通活性化再生法に基づいて各地に設置されている法定協議会において検討されることが想定されており、認可申請に係る共同経営計画についても、共同経営計画と地域の交通政策との調和を図りつつ住民等の多様なニーズを把握するため法定協議会の意見を聴かなければならないとされている(特例法10条3項)。しかし、低需要地区を含むネットワークのサービス維持のための積極的な取組みを実施することが共同経営協定締結認可の基準とされているものではない。
16)このことを指摘するものとして、柳武史「独占禁止法の特例法(令和2年法律第32号)をめぐる解釈・運用上の課題について」金井貴嗣先生古稀祝賀論文集『現代経済法の課題と理論』(弘文堂令和4年)489頁がある。
17) このことを示唆する公取委公表文として「日本航空株式会社及び株式会社日本エアシステムの持株会社の設立による事業統合について」(平成14年3月15日)(「国内各路線分野」を検討対象とし「国内航空旅客運送事業分野」等についても審査が行われた)があるが、広島電鉄(株)及びその役員等4名に対する件(公取委同意審決昭和47年10月27日〔昭和47年(判)第3号〕)は「広島市の主要な地域における軌道および乗合バスによる旅客運送分野」における競争の実質的制限を認定している。なお、「スターアライアンス加盟航空会社8社における情報共有について」(公取委平成23年10月21日公表)は検討対象とした市場を公表文に明記していない。
他方で、国土交通省公共交通政策部長は未来投資会議の地方施策協議会(平成30年12月)において「シェアをどう見るかという市場の画定の判断が、これは非常に恐縮でございますが、公取委地方事務所ごとに見方が若干違う。市内全域を一つの市場、マーケットと見るか、あるいは路線の部分だけをマーケットと見るかということで統合の際の判断が分かれている」と発言している。
18) 国土交通省「独占禁止法特例法の共同経営計画等の作成の手引き(第2版)」〔国土交通省・令和3年3月〕91~92頁。なお参照、特例法11条1項3号。
19) 林秀弥「市場画定の基本原理:『競争的牽制力』の『視覚化』」(公正取引委員会競争政策研究センター・平成19年)19頁は、日本航空株式会社及び株式会社日本エアシステムの事業統合に関する公取委公表文(前揭注17)参照)に新幹線への言及がみられないことについて、たとえば羽田-伊丹路線では新幹線も同じ市場に含めるべきではないかという批判があったことに言及している。
20) 広島電鉄(株) 及びその役員等4名に対する件(公取委同意審決昭和47年10月27日〔昭和47年(判)第3号〕)では、乗合バスのみならず路面電車(軌道)も含む役務市場が画定された。前揭注16)参照。なお、国土交通大臣により認可された共同経営計画6件の対象地域のうち4地域(熊本・岡山・長崎・広島)では計画区域やその周辺において路面電車が運行されており、広島市中心部については路面電車と乗合バスとの運賃調整等を含む共同経営計画が認可された。
21) 自家用車との”競争”は、(西)ドイツ各地において公共交通機関の共同経営スキーム(運輸連合)が設立されたことの背景事情であったと指摘されている(青木真美「西ドイツの運輸連合(1)」運輸と経済46巻12号(昭和61年)60頁等参照)。わが国独占禁止法の観点からは、自家用車の運転者を乗合バス事業者と競合する「事業者」と評価することは困難であるとしても、需要者による牽制力として評価することは可能であるように思われる。
22)佐々木豪・林田尚也「基盤的サービス維持のための地銀に関する独禁法の特例法」金財2020年7月27日号(令和2年)40頁。
23) 逐条解説 11 条部分。
24) 国土交通省・前揭注18)40頁。
25)柳・前揭注16)489頁及び492頁は、同規定の判断においては「競争制限効果の程度」を踏まえる必要があり競争上の評価を伴うこととなる旨論じている。
26) 国土交通省前揭注18) 40頁及び逐条解説11条部分。
27) 国土交通省・前揭注18)105頁。
28) このことの検討については、経済分析を活用することによる精緻化が期待される。経済学からの検討のあり方については、本誌所収の久保論文を参照されたい。
29) 逐条解説5条部分。
30) 佐々木豪ほか「乗合バスおよび地域銀行に関する独占禁止法の特例法の概要」商事2233号令和2年)45頁。
31) 逐条解説5条11条部分。
32) 逐条解説11条部分。
33)柳・前揭注16)492頁以下。
34) 行政文書開示請求によって公取委から開示を受けた「地域一般乗合旅客自動車運送事業者が行う共同経営に関する協定の締結に係る私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の適用除外に係る協議について」と題する書面(6通)。
35) 柳·前揭注16)495頁。
36) 栗田誠「公的規制の下にある産業に対する法的規整の枠組」〔栗田誠=武生昌士(編著)『公的規制の法と政策』(法政大学出版局・令和3年)〕167頁以下。また、この論点に関する議論の状況を包括的に整理して検討するものとして、土田和博「独禁法と事業法による公益事業規制のあり方」金井貴嗣先生古稀祝賀論文集『現代経済法の課題と理論』(弘文堂・令和4年)351頁以下がある。
37) 友岡史仁『経済行政法の実践的研究』(信山社令和4年)120頁以下。
38) 柳・前揭注16)495頁は、特例法に基づく協議、確認等において公取委が可能な限り意見表明等の公表をすることにより、緊張感のある透明性の高い協議等のプロセスを構築し説明責任を果たしていくことが望まれると論じている。
39) たとえば熊本地域においては、共同経営協定参加事業者5社の乗合バス事業運営費総額(年間約90億円)のうち約35億円が、熊本市その他の地方自治体からの補助金によって賄われている。当該共同経営により想定される収支改善効果がわずか年間31百万円と想定されていることにかんがみれば(熊本共同経営計画6頁)、収支改善効果を低需要地区のネットワーク維持へ活かすことは現実的に実行可能な施策ではないように感じられる。なお、全国町村会長は未来投資会議の地施策協議会(平成30年12月)において、路線バスの維持を支援する自治体の負担額が年々増加していると指摘している。
40) 公取委「企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針」(最終改定令和元年12月17日)第4-2(9)(一定の取引分野の規模)参照。また、補助金の存在を考慮に容れた経済分析のあり方について、本誌所収の久保論文も参照されたい。
41)このことについて、本誌所収の滝澤論文における市場を跨ぐ利益衡量についての検討を参照されたい。他方で、独占禁止法や競争法が競争の実質的制限の有無を審査する期間は基本的には経済学でいう短期であり問題解消措置も比較的短い期間になるとしたうえで、これと異なりたとえば20年後における「一定の取引分野の規模」を見据えて合併等を認めることは立法論としての(広義の)競争政策としては十分にあり得る(特例法1条が「将来にわたって」と規定するのもそのような趣旨と解される)と指摘し、特例法を制定するという手法を用いることに理解を示すものとして、泉水文雄『独占禁止法』(有斐閣・令和4年)628頁がある。
キーワード: 独占禁止法 適用除外 地方バス 地域銀行 地方銀行 脱炭素 グリーン社会
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